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悩めるサラリーマンが悩んだ挙句に転職するまで

かっこいいの裏側には「やりたい」が隠れてる

コラム

ログミー[o_O] - 世界をログする書き起こしメディアに書かれているこの記事を読んでみて思ったことをつらつらと。

かっこいいかどうかっていう基準は自分の中でかなり重要だということにこの記事を見て気づいた。とにかく僕は子供の頃からかっこいいものが好きで(ガンダムとかロボット系アニメが大好き)、思春期になると「この中学校でPUMAのスニーカーを流行らせたのは俺(キリッ」みたいな、俺センスいいでしょ感を出そうとしてた。今思い返すとかっこいいどころか若干痛いやつだった。

 

でも、一つ言えるのはかっこいいものを見つけたい、かっこ良くなりたいという欲求はずうーっとあったということ(裏を返せば自分はかっこ悪いというコンプレックスが大きかったんだと思う)別に見た目だけの話じゃなくて、働き方とか女性との付き合い方とか生き方とか、、、「あっ!?この人かっこいい!これかっこいい!」みたいなものは今でも常に探してる自分がいる。

 

僕の中のかっこいいって昔はクール、おしゃれ、歌うまい、顔かっこいい、仕事できる、彼女かわいい、完璧超人みたいなイメージだった。でもかっこいいっていう基準は年々変わってきていて、今は「かっこ悪いところも、自然に出せる人」じゃないかと思ってる。隙がない人は確かにかっこいいけど近寄りがたいんだよね、かっこ悪いところも素直に出せる清々しさを持ってるっていうイメージかな。

 

ここから奥田浩美さんのインタビューに戻ってくるわけだけど、結局かっこいい人ってかっこ悪い経験をいくつもしてる人なんだね。それを見てる周りの人は助けたくなるって書いてるけど、その衝動よく分かる。しかもこの手の人って周りの人に「俺かっこいいだろ!」っていう誇示をしてないんだよね、そこがまたかっこいい(笑)

 

やりたいことを探そうとすると、見つけたと思った時、自分が腑に落ちる理由付けをするのが大変だと思う。「好きだ!」ってはっきり思うならそれで十分なんだろう。しかし僕の場合、やりたいことって自分の意思が明確でなくて「これやっとけば後々役に立ちそう」とかいう腑に落ちづらい理由付けを自分に強いることが多い。その点、昔からかっこいいモノ好きな僕は「かっこいいことを探す」のが馬に合いそうだなと、そう思いました。

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